母と子の短い会話

スーパーソニックジェット赤子の台本を読んでて、思い出したことがある。

母のことだ。

思い出したなんて言ったら、まるで天国にでもいるかのような言い方になるけれど、しっかりと地球に生きている。

 

私は5歳から27歳くらいまで、申し訳ないくらいに長い期間、反抗期だった。

なので、15歳の時に寮生活を初めてから、実家に部屋はあるものの、大学の時は家出をしていたし、東京にも一文無しで一年間生活をしたし、大阪の実家に帰って来てからも同じ家に住んでいるのに会わない生活を送っている。

 

高校の寮生活の時に、年に10回以上は地方での試合があった。

私が出場していようがいまいが、母の姿はいつもしっかり観客席に見つけられた。

親との連絡や試合会場で話すことは禁止だったので(自主性とチーム内での意識のみにするため?ため。)、母はこっそり女子トイレに後をつけてきて「これ。」と言ってお菓子や靴下や私が当時ファンだった人の雑誌の切り抜きなどを渡してくれた。

 

だいたいトイレの個室から出ると待ち構えてるので、「こわっ!」とだけ言ってそそくさと受け取って、「じゃっ!」と言って去る、ルールを守る高校生だった。バレたら先輩に怒られるし。

その時の母は、試合会場で地方に行ってママさんたちと美味しいものを食べることが生き甲斐だったらしい。でもその生き甲斐だったという言葉を聞いたのは、私がバスケを辞める時だったので、私は「知らんやん!辞めるっていうたら辞めるねん!」となぜかキレていたと思う。

 

演劇をしていても相変わらず、私が出演する作品の時は、母の姿は必ず客席に見つけられる。

先日、家の廊下で久々に出会った時(私と母は同じ家に住んでいても、時間帯が合わず、滅多に会わない。)、少しだけ会話した。

最近の母の趣味の話、仕事の話を聞きながら、私は焼きそばを食べていてフンフン相槌を打っていた。でもそんな短い会話の中で、「舞台観に行くのも楽しいし、生き甲斐になってるわ。」と言っていた。

 

私は人生の中で《生き甲斐》なんて言葉を使ったことがない。それに「娘のことやなくて、もっと他にあるやろ。自分大事に!」みたいなことをスパッと言ってしまいがちなので、一瞬考えた結果、「そうなん。ありがとう。(モグモグ)」と一言だけ言った。

 

親の気持ちは親にならないとわからない。

 

スーパーソニックジェット赤子の台本を読んでいて、頭しばかれたような気持ちにもなった。

自分の役を中心に読みがちだし、面白いところがお気に入りになったりするけれど、ふとした部分でだれかを思い出させる鋭い部分もあったりする。

感じ方は人それぞれだけど、私にはとても1つのセリフが響くのだ。

なので、結果的に、ちょっとだけ、ヒトや動物に優しくなる自分もいたりする。

 

ここまで書いといてなのだけれど、母はブログやSNSに登場することを嫌がる。

すまん、母。

 

当たり前だが、家族の写真なんてあるわけない!!!!!

 

 

 

 

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